金田一耕助の事件簿036
金田一耕助、緑ヶ丘に惹かれる
「毒の矢」（横溝正史）
（「毒の矢」）角川文庫
緑ヶ丘一帯に届けられた、
｢黄金の矢｣を語る差出人による
悪意に満ちた密告状。
悪戯と考えられていたが、
ついには殺人事件が
引き起こされる。
裕福な未亡人の背中に彫られた
ハートのクイーン。
そこに深々と突き立てられた
矢は…。
横溝正史没後40年＆
生誕120年記念として
角川文庫から復刊となった本書です。
旧角川文庫版を
所有しているにもかかわらず、
嬉しくなって買ってしまいました。
約40年ぶりの再読となります。
【事件簿File-036｢毒の矢｣】
〔事件発生〕
昭和30年(東京･成城)
〔依頼人〕
三芳欣造
…ピアニスト。金田一に密告状を相談。
三芳恭子
…欣造の後妻。兼子の愛弟子。
〔捜査関係者〕
橘署長…緑ヶ丘署長。
島田警部補…緑ヶ丘署捜査主任。
〔事件関係者〕
三芳兼子
…欣造の先妻。故人。
三芳和子
…欣造と兼子の娘。星子の面倒を見る。
佐伯達人
…声楽家。三芳恭子の別れた夫。
的場奈津子
…米国帰りの未亡人。
背中にトランプの刺青がある。
的場星子
… 奈津子の養女。両足が不自由。
三津木節子
…星子の家庭教師兼看護婦。
三芳新造…画家。的場家の隣人。
三芳悦子…新造の妻。
八木信介…牧師。的場奈津子と懇意。
沢村…的場星子の主治医。
本作品の味わいどころ①
金田一耕助、緑ヶ丘に惹かれる
高級住宅街･緑ヶ丘という、
金田一耕助が後に居住する
｢緑ヶ丘荘｣のある町で起きた
殺人事件ということになります
(緑ヶ丘荘居住後には、
｢女の決闘｣事件が起きている)。
本事件当時はまだ
移り住んでいないのです。
ところが本作品には
注目すべき一節が見られます。
「緑ヶ丘というところは、
なんとまあすごい
美人ぞろいなんだろうと、
舌をまいて
驚嘆せずにはいられなかった。
三津木節子も美人である。
三好恭子もうつくしい。
その継子の和子も麗人である。
そして、的場星子も
腺病質ながらもかわいい娘だ。
さらにその母の的場夫人も
パッと眼につく器量だった。
しかも、いままた
三好悦子のうつくしさ」。
事件解決そっちのけで、いや、
事件捜査と並行し、
美人鑑賞をしていた金田一。
後の緑ヶ丘荘居住は、
実は美人ぞろいの地であるということが
最大の理由だったのではないかと
推察できます。
本作品の味わいどころ②
鏤められる横溝得意の舞台設定
本作品には、
他の作品の目玉となっている設定が
いくつか見られます。
｢矢｣を使った殺人(それも殺害後に
矢を突き立てるという)は、
本作品直後に発表された
｢死神の矢｣の方が
インパクトが大きくなっています。
刺青のハートのクイーンを
矢が貫くのは、
｢スペードの女王｣(こちらは
スペードですが、その原形作品
｢ハートのクイン｣と同じ)で、さらに
際だった使われ方がなされています。
｢住民への誹謗中傷を含んだ脅迫状｣は、
団地を舞台とした｢白と黒｣の方が
一層気味悪く用いられています。
つまり、これらの作品は、
本作品で使われた要素を、
さらに効果を高める仕掛けを施して、
それぞれ単独で使用したものと
いえるのです。
本作品の味わいどころ③
限定された中での犯人捜しの妙
どう考えても外部犯行説は成り立たず、
殺害された的場夫人邸に集まった人間の
誰かが犯人なのは明白です。
それなのにすべての人物が
何らかの怪しい言動をしています。
犯人の可能性が限定されているのに、
なかなか絞り込めない構造。
ここが横溝のうまいところです。
さて、1956年3月に
単行本収録された本作品は、
その2ヶ月前(1956年1月)に
雑誌発表された原形作品に加筆して
完成させたものです。
さらにその原形作品として、
人形佐七捕物帖シリーズ｢当り矢｣、
さらに遡り由利･三津木コンビによる
｢神の矢｣(中断未完作品)が存在します。
流れをたどると
｢神の矢｣
→｢当り矢｣
→｢毒の矢(原形版)｣
→｢毒の矢(完成版)｣
→｢死神の矢｣｢スペードの女王｣
｢白と黒｣ということになりそうです。
原形作品についても
後日取り上げたいと思います。
（2022.6.24）
【関連記事：金田一耕助の事件簿】
【復刊！金田一耕助】
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】
